同社の本社及び工場は、山形市郊外の立谷川工業団地内にある。もともと山形の市街地に本社工場があったが、1968(昭和43)年にオフセット印刷部門の強化のため現在の場所に工場を建設、後に本社も同地へ移転した。
 印刷工場の本格的な設備増強のきっかけは、昭和50年代半ばに台湾の出版社から受注した中国語の百科事典であった。1冊がB4、約400ページ、両面カラー印刷で20,000冊×10巻という膨大な仕事で、これを生産するため4色機を導入した。
 商社を経由しない直取引でL/C(信用状)開設などの手続も自社でやったとのこと。
 オフセット輪転機は、B四裁(BT3)でスタートしたが、チラシ需要の増大などの市場ニーズに対応して1986(昭和61)年と1991(平成3)年にB半裁(BT2)を増設した。

 
立谷川工場の2階にある刷版室。2台のCTPシステムが稼働し、1階の工場にエレベーターでCTPを下ろす効率的なレイアウト。 製品加工課の中綴じライン。ISO9001認証取得を受けた工場内は整然と美しい。

 新工場の建設計画は、平成のはじめから検討をしていたが、本社に隣接した最適な工場用地が確保できたこともあり具体化、2003年8月に完成した。この新工場建設の狙いはどこにあったのか。会社案内にある工藤社長の「ごあいさつ」に、その真意が書かれている。
 「新工場を建設することは、それ自体が『ひとつの夢の実現』でもあるのですが、企業として目指す姿に近づくためのプロセスのひとつでもあります」
 ここで語られている「企業として目指す姿」は、新工場完成の5ヵ月ほどまえに制定された新たな《経営理念》に謳われている。

  社員にとって 働き甲斐のある企業となる
(社員満足度の高い企業となる)
お客様に 役に立つ企業となる
(顧客満足度の高い企業となる)
社会に 役に立つ企業となる
(社会への貢献)

 「お客様に 役に立つ企業となる」について、工藤社長はこう語る。
 「お客様の役に立つとは、ただ注文された印刷物を作るということだけではなく、お客様が何のために注文を出し、これで何をやりたいのかを考えることです。印刷は受注産業だとよく言われます。しかし、当社では受身だけでなく、お客様にとって何がテーマで、当社が何をすれば役に立つのかという視点で考えることを大切にしています」
 具体的には、お客様が話されることをしっかり聞くヒアリング能力を基本に、問題を把握し提案していく提案能力、コンサルティング的な展開と広がっていく。
 現在、本社や仙台支店には、営業サポートとしてお客様のプランニングを相談できるクリエイティブなスタッフを配置している。一方、約10年前から山形のポータルサイトとして“pipi city”の運営を行い、紙媒体以外の分野での事業も展開している。
 こうして企業として目指すべき姿を描き、それを社員全員で共有し、その実現を目指すとき、新工場設立はどうしても達成しなければならないプロセスだった。
 立谷川工場の現状について工藤社長は語った。
 「新工場で実現しようとしたものは、印刷品質の向上であり、時間的な対応力を強化して、競争力を高めること、そして良い労働環境を整えることでした。その狙いに沿って新しい機械の導入を考えました。三菱重工の商業用オフセット輪転機は導入候補のひとつとして、三原で開催された内覧会を視察しましたが、その時、開発中のタンデムの情報を得て、社内検討の結果オフ輪と枚葉の2台同時の導入を決意しました。現在では、生産力の余裕や瞬発力が強化された点を評価いただき、全国展開をしているさまざまな業種のお客様に、当社を東北の生産拠点として選んでいただけるようになり、仕事が増えました。今年、タンデムパーフェクターの2号機が入り、さらに能力強化ができたので、今まで以上の仕事が入ってくるのではと期待しています」
 立谷川工場の建設を陣頭指揮された会田常務が、新工場建設のポイントを語った。
 「新工場には、刷版、枚葉印刷、輪転印刷、そして製本・加工などの部門がありますが、各部門の作業者の負荷を徹底して下げるための最善の作業環境を追求しました。作業者の負荷を下げれば、効率的な生産活動が行え、コストダウンもでき、生産能力も大幅に向上します。工場レイアウトの設計段階からこうした課題を掲げ、用紙搬入から製品搬出までの物流を徹底してシミュレーションし、効率的なワークフローを想定した工場です。自動化もやれるところまでやろうと徹底しています」
 
立谷川工場新設と同時に設置されたタンデムパーフェクター1号機。
広くすっきりしたタンデムパーフェクター2号機の駆動側足場。