立谷川工業団地に建つ田宮印刷本社。 2003年、本社近くに建設された立谷川工場。

 企業はそれぞれの出自によって、独特の個性が育まれる。創業時から社風と呼ばれる風が社内を吹き渡り、企業を、そして、そこに生き、働く人々を、年々歳々独自の色に染めていく。田宮印刷も東北屈指の歴史を有する印刷会社として、伝統と誇り、地域への貢献、創業時から続く先見性などを社風として行き渡らせている。
 田宮印刷の創業は、1910(明治43)年。山形県河北町谷地で田宮五郎が、文化事業としての活版印刷業を自宅の土蔵で始めたことが興りである。田宮五郎は、地元の産業振興に大きく貢献した〈最上ぞうり〉の発案者であり、さらに県下初の上水道を苦難の末、同地区に完成させるという偉業も成し遂げている。
 一方で、田宮五郎は、文化事業にも力を注ぎ、友人の小野森次郎を招聘しては英語を学習する「英学会」を興し、知人である石川賢治とともに「谷地読書協力会」を結成した。この読書協力会が元になり、のちに谷地には県内初の図書館が誕生する。
 このように、活字に親しんできた田宮五郎が、事業としての活版印刷業を始めたことは、ごく自然の成り行きと考えられる。
 「地域社会に奉仕する」ことを創業の精神として掲げ、常に地元への貢献を事業活動の礎として展開してきた田宮印刷。企業は社会の公器であるという考えから、あえて同族経営としなかった同社は、偉大であった田宮五郎の功績を尊び、その姓を社名に残し、現在に至っている。
 河北町谷地は文化的な意識の高い風土で、小京都的な雰囲気が今も残る土地だという。地元の有力者が出資して成立した同社は、地域に密着した活動で、地域への貢献とともに発展してきた。