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金沢市に近い松任市に工場がある前田印刷。
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前田印刷は、加賀百万石の歴史と文化を今に伝える金沢市に隣接する松任市に工場を置く。まず社長室に足を踏み入れて驚かされたのは、社長室から印刷工場へ直接出入りできるドアが設けられていたことであった。同社の創業者であり、半世紀近くにわたり第一線で経営を指揮されている前田社長が、いかに印刷機に愛着をもち、印刷にこだわっているかが強く感じられた。
その社長室で前田社長から同社の歩みについて伺った。1957(昭和32)年、前田社長は独立して、前田印刷所を興す。活版とタイプの二本柱による軽印刷からのスタートであった。1963(昭和38)年に前田印刷株式会社を設立、翌年には金沢市鳴和に本社工場を移転し、小型のオフセット印刷機を導入した。
タイプから電算写植へ、活版・孔版からオフセットへ。印刷技術の進展とともに、事業領域を広げながら、その時期ごとに最新鋭の印刷機やプリプレスシステムを、地域の同業者に先駆けて導入してきた。1964(昭和39)年には全国への営業行脚が成果を生み出し、1967(昭和42)年の東京支店開設を皮切りに、富山支店、筑波支店、大阪支店も次々と開設、営業力強化を図る。同社の取引先には地元石川県などの地方自治体や中央官庁の各機関、大学、鉄道や電力会社などの公共的な色彩の強い組織や企業が多いが、各地への営業拠点の展開も自社の得意分野を意識しての広がりであり、筑波学園都市への支店開設などは的を射たものである。 1980(昭和55)年には金沢市金市町に本社工場を移転し、菊全判4色機を導入、本格的なカラー印刷の体制を整えるが、一方でこの当時から反転タイプの両面2色・片面4色刷兼用機を導入し、ワンパス両面印刷への志向が始まる。そして、1990(平成2)年には現在の松任市に工場を建設し、三菱重工の四六全判5色機(DAIYA405)を導入した。プリプレス関係では2003(平成15)年にCTPシステムを導入したが、再版ものの多くはフィルム在版を使用するため、CTP化率は現在50%程度である。しかし新規原稿はデジタル化されており、徐々にCTPへ移行していくと予測している。そして、昨年2月にタンデムパーフェクターの菊全判8色機(表4色/裏4色刷)をPPCサーバーとともに導入、プリプレスとプレスのネットワーク化も開始した。
前田社長は語る。
「軽印刷時代からページ物で来て、出版印刷を中心に事業領域を広げ、次第にカラー化を進めてきたという歩みですね。社内に製本部門もあり、出版物に関する印刷から製本までの経験とノウハウを積み重ねてきました。出版物はほとんどが裏表印刷しますので、早くからワンパス両面印刷に着目してきたのは当然です。現在も社内にある印刷機は1台を除いて、すべて両面印刷ができます」
出版印刷で磨かれてきたワンパス両面印刷への厳しくも、愛情がこもった目で選ばれた最新鋭両面印刷機が、三菱重工のタンデムパーフェクターだったのである。 |

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