2002年5月に新築された、
小松写真印刷の社屋。
 小松写真印刷が位置するのは、酒田市美術館や土門拳記念館、東北公益文科大学など、地域を代表する文化・教育施設が周辺に見られる酒田市京田西工業団地である。至近に庄内空港や県内の都市を結ぶ高速道路のインターチェンジがあり、酒田市の表玄関と呼べる理想的なこの約1万7千平方メートルの新たなフィールドに、本社、工場、関連会社が一堂に会した新社屋が誕生したのは、2002年5月のことである。
 新社屋建設へ至る同社の歩みを簡単にたどってみる。同社は、明治35年9月、創業者である小松幸吉氏が、酒田市本町に「小松活版所」を創設したことに始まる。昭和23年に法人組織となり、さらに昭和35年に「小松印刷有限会社」に改称した。そして、昭和37年に2代目小松宏介社長が就任し、昭和38年に「小松写真印刷有限会社」と改称、写真製版部を新設、写植機、製版カメラを増設する。昭和45年には一気に活版部門を廃止する劇的な改革を行い、オフセット印刷への一本化を図る。当時、社内外に大きな反響を呼んだこの改革には、現社長が深く関わっている。昭和51年に3代目として佐藤 孝社長が就任し、翌52年に酒田市東町に本社、工場を移転し、カラースキャナ、大型印刷機の導入などが開始される。昭和55年には庄内初のオフセット輪転機を導入する。以来、印刷システムの変化に対応し続け、2002年新社屋建設に至る。
 新社屋建設の狙いを佐藤社長に尋ねた。

「当社は、これまで必要に応じて、社屋や工場を拡張してきた結果、営業や工場、DTP、企画会社など全グループが5ヵ所ほどに分散してしまいました。仕事が多くなるにつれて、総合的なコミュニケーションが取りにくくなり、グルーブ全体が一堂に会する新社屋建設を決意したわけです」

 現在の経済環境での設備投資に、「様子を見た方がいいのでは」とアドバイスをする人も多かったと言う。しかし、建設費や金融機関の金利なども有利な条件になっており、逆に好機と判断して踏み切ったと言う。
  コミュニケーションや生産性向上はもちろんだが、メンタルな部分での効果も大きいようだ。
「リスクの多い投資ではあったと思いますが、全社員が新社屋に集うことになり、『家賃を払って賃貸物件に住んでいたところが、新築マンションに引っ越したような最高の気分です』と社員に言われた時は、移転して良かったとしみじみ思いました。社員は1日24時間のうち、10時間近くは会社で働いています。その時間を素晴らしい環境で仕事ができるということは、モチベーションを大いに高め、働くことへの情熱をかき立てるのではないでしょうか。空間の広がりが人の心を癒すことも実感しています。生産性と環境が結びついて、うまく行くのではないかと期待していましたが、その通りになっています」と移転のメリットを語った。
  佐藤社長は「食堂に150人のグループ全社員が集まる昼食時間が大変貴重な時間になってきた」と力説する。
  イベントやマーケティングのプロデュースをする企画会社は、印刷物を含むトータルな受注を狙った会社として設立したが、分散していた当時は、グループとしての総合力を発揮するに至らなかったと言う。
「新社屋に集まったことで、一体となって仕事を受注していくダイナミズムが生まれてきたことは非常に大きいです」と佐藤社長は評価する。

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