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完全CTP化に向けて整備が進む本社プリプレスルーム。
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一九堂印刷所は1910年(明治43年)創業。現社長の祖父・岩尾又喜氏が九州から上京し、インクなどの印刷材料とアメリカ式粘土板を輸入販売する岩尾商店を旗揚げしたのが始まりになる。東京都中央区周辺の老舗生命保険会社などに印刷材料を納めるうちに、次第に印刷を手がけるようになったという。途中で名称を一九堂に変更した。その経緯は逓信総合博物館で調べることができた。
1917年(大正6年)に電話を導入。番号は「京橋一九一九」。岩尾又喜氏の職業欄は文房具販売と米国式粘土板販売となっている。つまり、一九堂の名前は大正時代に生まれた。
1935年(昭和10年)からは商号のみ単独で「一九堂印刷京橋55−1919」と記載されている。「祖父は新し物好きだったらしく、大正6年という早い時期に当時のニューメデイアである電話を営業に取り入れたということのようです」
昭和9年ごろから活版印刷を開始し、1936年(昭和11年)に本社ビルを新築し現在地へ移転。周辺の老舗企業との取引が始まる。ビクターやコロムビアといった音楽メーカーが至近にあり、音楽業界との取引が戦後すぐに始まった。そして、1965年(昭和40年)にLPジャケット加工機を米国から導入した。
デジタル化は新社屋になった1989年(平成元年)にスタートする。当初より本社と東京工場とをデータ送信用に光ファイバーで結んである。
1995年(平成7年)にはCTPを導入した。フィルムを出す無駄というものを以前から感じていた社長は、製版データを直接版に焼きつける技術を確かめるため、アメリカに行き、テストの結果、導入に踏み切った。
| CTPは驚くほど見当がよく、汚れがありません。非常にきれいに仕上がります。色校の問題は残りますが、それらがクリアされればうまくいきますね |
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と、岩尾社長は太鼓判を押す。
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デジタルパッケージセンターは、紙を選び、箱のサイズをPCに入力すると、その場で箱の展開図を切り出せるシステムが構築されている。
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色校は、本機校正、平台校正、プリンター校正と、クライアントの要望に合わせて応えている。
業界のデジタル化への取り組みが始まってからすでに10年になるが、日本語フォントのことなど問題がいろいろと生じ、日本では今なお時間がかかる状況だ。当然のことだが、新しいことへの取り組みを好むクライアントと、新しいことを好まないクライアントに分かれる。多少の困難はあっても新しいことをやろうとする発言権の強いクライアントと手を組まないと、CTPを始めとする新技術を一般的に使うレベルにまではなかなか進めない。一九堂印刷所でも、東京工場でフィルムレス化が図られた作業は、現状では2、3割といったところである。本社で編集したデータと校正紙を、東京工場へ物理的に持って行く方法が主流だ。しかし、今、問題になっている課題は、4、5年すれば解決していくと岩尾社長は考えている。時代時代に新しいことに取り組んできた自信がここにある。
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